夕暮れは終わりの少し前。
この象徴を不気味ととらえるのか、希望ととらえるのか。
あなたは次の時代に必要とされるかどうか、そこで道は分かれていく。
思い描くことは、あなたの前に全てが起こっていく。それが人生という世界。
木は世界を表す。
夕暮れを時代の象徴ととらえるなら、世界が隆盛の時代を過ぎて、終末のにおいを感じさせるところとなる。聖書での預言は今がその時にあたる。
そして煽る者は言う、終わりの時が来たと!
神を信じる者にとって、終わりとは悪人の終わりであって、善を行う者には新たな時代の始まりを告げる時のしるしとなる。その新たな時代が始まろうとするとき、旧き時代と因習に固執する者が悪の実を熟させる時、除かれるものと、新たな力と働きの場を得る者が入れ替わってゆく。
そこで力を与えるのは、天から降る一条の光。
それを受ける人々によって新たな時代が築かれていく。今、まさに築かれている。新たな時代に必要とされる者はそれが見えている。それがヨエル。
また人生で夕暮れとは、老年期に入ること。
プネウマを受けている者にとっての死は超越できるもの。
完全に暮れてしまうまで、一心にするべきことを持つ人生は満ち足りた終わりとなる。
大きな木のたたずまいには、安心感がある。
そして夕暮れは、心を穏やかに幸せな気分で満たしてくれる暖かい色だ。
そう見える者が明日を希望にできる。